株式会社SCOUTERのCOOが人事を尽くして考えた

渋谷で「SCOUTER」を運営する株式会社SCOUTERのCOOがスタートアップ・組織について書いているブログです。

起業家のみなさま、メルカリのストックオプション発行を安易に参考にしない方が良いですよ

はじめに

メルカリの上場承認が話題になっております。様々な角度からメルカリに対しての分析/評価が行われ、その意見は多種多様でございますが、スタートアップ界隈の中では当然大きな祝福と共に大きな希望となっております。スタートアップとしてのお手本であり、他のスタートアップとは次元が一つも二つも上のように感じさせられますね。また、メルカリの取り組みはスタートアップ企業にとって参考になるものが多く、OKRや採用広報のための自社メディア、リファラル採用への取り組み等、メルカリの事例を参考にする起業家はとても多いと思います。そして、今回目論見書が出たことでメルカリのストックオプションの全貌も公開され、話題になっております。全従業員にストックオプションを配り、SO比率が20%を超えていると。スタートアップの定石を大きく覆した事例です。今回はメルカリのストックオプションの活用事例を見ながら、ストックオプションについてはメルカリを安易に参考するべきではない理由を説明していきます。今回の内容の結論は以下です。

「あなたの会社に合ったストックオプション設計をしましょう。メルカリの事例は気にせず。」

メルカリのストックオプション詳細

まず、メルカリ社のストックオプションの内容を見ていきましょう。

  • 発行回数:39回
  • 発行対象者:2,229人(同一に人物に対しての複数回発行を含む)
  • ストックオプション比率:20.9%
  • SO利益総額(公募価格にて利益確定のケース):580億円

全体の概要を見ると、圧倒的な発行量の多さに驚きますね。よくもここまで配ったなと思うほど、非常に多くの量と対象者に配っています。そしてSO持ってる全ての人が公募価格にて利益確定をさせると約580億円になると。とてつもない規模であることがよく分かります。ただ、この情報だけだとミスリーディングを引き起こす可能性があるので、山田的視点で重要な要素をグラフにしました。それがこれです。

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このグラフを見て気づくことがあります。

  • かなりの割合のSOを創業当初に配っている →発行したSOの半分は創業1年半くらいで配ってしまっています。実態としてSOは創業期のメンバーにかなり寄っているということです
  • SO比率が高まっている時の対象人数はかなり少ない →これが意味することは、重要人物の採用の際にかなりのSOを渡しているということです。SO比率がここまで高まったのは従業員全員に配ったからではなく、重要人物の採用に積極的にSOを活用したからでしょう
  • 逆に対象人数が多い時のSO比率はあまり上がっていない → 従業員全体には全体を通してかなりの少量しか渡していません(それでも十分な資産価値があるものですが)
  • 行使価格がかなり低い段階で大半のSOを配っている →公募価格が2,500~3,000円程度と予測されていますが、大半のSOの行使価格は350円未満のときに配っています。故に資産価値が非常に高いSOを渡していることになります

メルカリのストックオプションについて、最初に話題に上ったのは発行量の多さと従業員全員に配っているという点でした。でも、重要なところはそこではありません。重要なのは経営戦略上ストックオプションをどのように位置付け、いつ、どのように活用したからこのような配布になったのか。そして、その配布は組織人事としてどのような意味/効果を持っているのかです。以降、そこについて検討していきます。

メルカリだからできたストックオプション戦略

ストックオプションの内容を見ていくと、メルカリにとってストックオプションというのは経営戦略上非常に重要な役割を持っていたことがわかります。では、具体的にどのような意図でこれだけのストックオプションを発行していたのか。以降、山田による推測をまとめていきます。あくまでも推測ですのでご理解を。

まず、メルカリのビジネス環境として重要な点が三つあります。ストックオプションについての判断をする上で、前提となるような事柄です。

  • 事業がwiner takes allのCtoCマーケットプレイス領域であること
  • フリマ領域において後発組であること
  • 目指しているものが最初から世界であること

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僕は上記三つがSOに対する判断に大きな影響を及ぼしていると思っています。上記の前提は以下のように読み替えることもできます。

  • とにかくマーケットシェアが最重要。市場での2位以下は死を意味する
    • この場合株主にとっては希薄化よりも市場で勝つ方が優先されます。市場で勝てないと株式が無価値になってしまうので(通常、2位でも十分な企業価値になるのが普通です)。なので、優秀な人材を獲得する方が圧倒的に優先で希薄化しないことよりも、SOを使って採用するという判断に至ります
  • 巨大な市場があることはわかっている
    • CtoCのフリマ領域はもともとオークション領域という中古売買の市場があり、そしてメルカリの前にフリルが出てきており、それなりのトラフィックが出ていた。目の前に確実に大きい市場があることが見えていたわけです。市場で勝てればどれだけの企業価値がつくかも、予測がある程度可能な状態。そうなると、ストックオプションの不確実性が軽減され、現在価値が高まります。ストックオプションの現在価値(もらう側が認識する資産価値です)は将来の見込み時価総額×実現可能性で決まります。そして実現可能性の観点においてメルカリの場合、市場がどれだけあるかというよりは、市場で一位になれるかという自分たちの努力による勝ち負けの方が因果関係が強い。すると優秀な人からすれば、自分達が勝てる確率は高いと判断するので、SOの実現可能性が高まり現在価値は非常に高く感じてもらえる。早い段階からSOの価値を高く感じてもらえるので、有効活用すべきという判断になります
  • IPOは通過点でしかない
    • そして最も重要なことは日本は通過点でしかないと本当に経営者が思っていること。スタートアップは通常、最初のゴールをIPOに設定します。そしてSOはゴールに対するご褒美という位置付けになります。なので、IPOしたら権利行使して人が辞めていくということは通常のスタートアップでは起こることです。ただ、メルカリの場合、最初から目指しているのは世界であり、より長期的な成功であることを経営者が明確にしている。すると、IPOするための努力ではなく、より長期的な価値を生むための経営を行うため、IPO後もさらに株式価値が高まる可能性を従業員側は感じるし、日々の仕事もより将来の高い価値のためにという意識になる。つまり、世界を目指すことで、SOはIPOではなく、より長期的なインセンティブに変化する。より長期的なインセンティブなのであれば、通常のSO比率よりも多く配ることに対して抵抗はないし、IPO後も燃え尽きず、より長期的な目線で従業員に仕事をしてもらえるようになる。

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メルカリは近年のスタートアップ企業の中でも圧倒的に異質な存在です。通常のスタートアップ企業とはあらゆる前提が違うと思った方が良いと思ってます。そのためメルカリのSO事例を安易に参考にすると大変なことになります。「メルカリが20%配ったのだから、自社も20%までならいいのか」・「メルカリが従業員全員に配っているからうちでも全員に配ろう」こういう考えはやめた方がいいです。メルカリには20%配った理由があります。従業員全員に配った理由があります。メルカリの経営者たちが死ぬほど考えて導き出したメルカリにおける最善の答えがこれだったというだけです。メルカリには世界で戦える人材を集めなければならない理由があった。メルカリには従業員にIPOはゴールではないと伝える必要性があった。メルカリには短期的価値よりも長期的価値の方が圧倒的に重要であるとメッセージを伝える必要があった。それは明確に経営者の意思であり、経営者としての戦略です。

もちろんメルカリだからと言って、全てが完璧であるというわけではありません。例えば、メルカリの従業員の平均年収は500万ちょっとです。決して高い金額ではありません。メルカリにいる多くの優秀な人材を含めて500万円なんです。もちろんCSメンバーが多いことによって平均が少し下がっていることはあるでしょう。それでも、僕は報酬をSOの方に寄せたんだなと感じました。あえて、フローではなくストックを渡すことで同じ夢を追いかけてもらう方を選択したのだと。そうしないと、メルカリが目指しているものは実現されないのだなと。

ストックオプションインセンティブの一つの手段でしかない

スタートアップというとどうしてもSOがセットで語られがちです。ただ、SOはあくまでもインセンティブの中の一つの手段でしかありません。報酬はいくつもの手段があり、それぞれメリット・デメリットあります。スタートアップだからSOを配らないといけないわけでもないし、有名企業の事例を真似をしても上手くはいきません。インセンティブ設計は各社の状況によって最適なものは全く異なります。会社として何を目指しているのか、競争環境がどういう状況なのか、成長のためにどういった人材が必要なのか。これらを加味した上で、自社に最適な設計をする必要があり、この設計こそ経営者の腕の見せ所です。最近ストックオプションという言葉が一人歩きをしていますが、あまり気にしない方が良いのではないでしょうか。ストックオプションを発行しないで上場している企業もたくさんあります。重要なのは経営者とメンバーお互いの信頼関係であり納得です。僕はwantedlyがメンバーを搾取していたとは思いません。メルカリがSOを全員に渡したことがすごいとも思いません。ただのインセンティブとしてのオプションを行使しているだけです。そして僕らが見ているのは結果です。結果を見ればなんとでも言えますが、判断が求められるときには将来の結果はわからないのです。結果がわからない中で判断をする必要があって、そこに良いも悪いもありません。重要なのは、そのとき考えられる限界まで考えて、経営者が納得し自信を持ってメンバーに伝えられる意思決定をすることではないでしょうか。

結論:自分の頭で考えよう

スタートアップ経営というのは、先が見えなく、不安で、多くのプレッシャーに耐えなければなりません。だから、どうしても上手くいってる企業の成功事例に目がいってしまいます。でも、僕はそこに答えはないと思います。もちろん、定石はあります。そして成功事例から学ぶべきこともたくさんあります。ただ、それに溺れて思考停止することは経営者にとって最も恐ろしいことです。「あの会社がやっていたから」という理由で意思決定してしまっているものはありませんでしょうか?「スタートアップだから」と色んな好ましくない事象を正当化してしまっていませんでしょうか?経営は経済の上に成り立っています。科学的根拠に支えられています。でも、最後の部分は哲学の世界だと思うんです。そこに唯一の解はないし、合理性だけでは意思決定できない部分もあります。だからこそ経営は面白いし、全ての会社にオリジナリティがあるのです。起業家の皆様。どうかメルカリのSO事例は「そんな会社もあるんだ」程度に捉えておきましょう。「20%まで発行することもあり得るんだ」くらいの学びにしておきましょう。その上で、自分の会社はどのようなインセンティブ設計にするべきか。どのようなSO発行をすべきか。専門家を含めて議論し、自分の頭で考えましょう。そうやって自分で考えて決めた自分なりの答えに納得してくれ、ついてきてくれるメンバーと働く時間はきっと、かけがえのない時間になると思います。