はじめに
先週末SCOUTER社では幹部合宿を実施してきました。スタートアップでは"合宿"というものをよくやります。日常的な環境では議論できないこと、長時間かけてやるべきこと、メンバー同士のコミュニケーション等、様々な理由で合宿を開催いたします。ただ、合宿というのは多くのメンバーの時間を拘束するので、上手くやれば絶大な効果を発揮しますが、設計を間違えるととんでもない時間の浪費になります。そこで今回はSCOUTER社が実施した合宿の内容とその設計プロセスをまとめてみました。あくまでも合宿内容はその時の会社の経営課題に即して設計されるべきですが、少しでも役に立てば幸いです。
背景
今回の合宿は実はSCOUTER社として非常に久しぶりの開催でした。昨年の4月までは四半期に一度必ず実施していたのですが、メンバー数が増えたことや事業が複数になったことを理由に、開催から1年ほど遠ざかっていました。そんな中、たまたま社長の「幹部合宿やらない?」という一言をきっかけに、開催へと進んでいきました。開催の背景としては以下の三つがあると思います。
- メイン事業から経営メンバー二人が離れるという意思決定をした
- 幹部メンバーがほぼ新卒から入った創業メンバーが多い
- 組織が近いうちに30人を迎える
まさに、これらを総称して「30人の壁」と呼ばれているのだなと感じるのですが、事業の複数ライン化が始まり、マネジメントレイヤーが必要になってくると同時に、プレイヤーの増加ペースが一気に上がり、コミュニケーションコストが急激に増加するという状況を迎えておりました。このような状況下において、幹部メンバーの急激な成長が求められますし、事業部の責任を明確に委ねるということを明示的にやった方が良いだろうと判断し、今回の開催となりました。故に今回の合宿というのは「30人の壁」を乗り越えられる組織になるために幹部メンバーの成長のきっかけにしたいというのが経営側の想いでした。
設計プロセス
上記のような背景が詰まった「幹部合宿やらない?」という一言からCOOの合宿設計の仕事は始まったのですが、プロセスは以下のような順番で進めていきました。
- 社長の要望整理
- 目的の言語化
- ゴールの設定
- 扱う情報の整理
- 情報流通の設計
社長の要望整理
まずは社長の意図を整理するためにヒアリングを2分ほど行いました。2分って短いですか?でも、社長って言語化がすごい上手いわけではないので、最初に無意識で言った言葉が最も意図を反映してると思うんですよね。なのでそんな深堀してもしょうがないんじゃないかと思ってる今日このごろです。で、ヒアリングしたところ出て来たのが、「幹部メンバーの事業解像度を上げたい」でした。ということで、この言葉から意図をこちら側で推測しつつ勝手に深堀していきます。僕の中ではこのように解釈しました。
- 事業を長期的な視点/時系列で考えられるようになり、戦略ストーリーを描けるようになって欲しい
- 事業をゴールから逆算して、今やるべきことを考えられるようになって欲しい
- 視座をもっと上げて欲しい。事業のための仕事ではなく、経営活動の一つとして事業創りの感覚を持って欲しい
「勝手に解釈してズレないんですか?」と言われそうですが、メンバーのことは僕も社長も同じように見ているので、メンバーに対する課題感は同じように知っています。その中で今回は「事業解像度」という言葉を使って表現したということは、その中でもどこにフォーカスして欲しいかはしっかりと感じ取れると思います。故に、この方針で問題ないだろうと判断し、次の目的の言語化へと進みました。
目的の言語化
目的の言語化については、頭で考えながら次に進んでいくと途中でブレることがあるので、考えごとをする際には一番最初に言葉にして書いておくようにしています。今回は社長の要望を整理した結果、「幹部メンバーを経営メンバーに引き上げるきっかけを作る」ことが目的であると明文化しました。それはメンバー個人の成長と同時に幹部メンバーのチームが頭に描く事業戦略がブラッシュアップされることも意味します。これら両方を達成することで、事業の成長と幹部メンバーの成長を二軸で実現することが今回の目的となりました。また、それを幹部メンバーに理解してもらいやすい言葉に直したのが合宿のコンセプトです。これは言うなれば"ユーザー視点"での言葉になります。
ゴールの設定
目的を設定したら、次はゴールの設定です。「目的とゴールって同じじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、個人的には随分違うなと思っております。この違いはOKRで言うObjectとKeyResultの違いかなと思っていて、ゴールは測定可能なものを必ず設定すべきかと思います。特に合宿というのは時間を大量にかけるのに対して、成果物が明確に定義されていない場合が多く、そうなると合理的な人間が徐々に「合宿って意味あるの?」って反対意見を出していきます。直感的に意味があると理解していても、それらの効果を説明できないと長期的に開催が危ぶまれていくためゴールを明確化し、成果を言語化できるようにしておくとあらゆる面で良いかなと思っております。で、合宿のゴール設定はなかなか難しいのですが、今回は測定可能な指標として「同じ言葉で語れる」ことを設定しました。幹部メンバーが経営においての重要なイシューに対して同じ認識、同じ言葉で物事を語れるということは、そのまま組織としての強さに繋がると思っています。コミュニケーションコストは認識の差分が大きければ大きいほど高くなるので、今の時点から全員が同じ認識・同じレベルで議論ができるようにすることが重要であると判断。以下のイシューについて同じ「言葉」で語れるようになることをゴールと定めました。
- 事業戦略
- 幹部ポジションの役割
- 時価1,000億円企業の実現方法
扱う情報/活動の整理
ゴールが明確になったので、後は手段を策定するのみです。特に合宿の場合はやりたいことがたくさんあって、スケジュールがパンパンになり、やりきれないということがよく発生しますので扱う情報をどこまで減らせるか、それでもゴールを達成できる情報とは何かを選定することが重要になります。今回は事業戦略に関しては「IPOまで」と制限をつけ、時価1,000円企業についてはwebサービス運営のみで実現している企業のみに絞りました。そして、ゴール達成に関係のないことはどんなにやりたいことでも我慢して排除していきました。
情報流通の設計
最後にそれらの情報をどのような形で流通させるかの検討です。情報流通については常に複数の選択肢があります。
- 一方的に伝授する(説明)
- 全員で話し合う(議論)
- 一部の人間に考えてもらう(ワークショップ)
- 情報をまとめてテキストで渡す(資料)
これらの中でそれぞれの情報に対してどのような流通方法が最も適切かを考えていきます。今回、事業戦略については幹部メンバーに考えてもらいたいと思っていたのですが、その際の経営メンバーの立ち位置についてはかなり工夫をしました。なぜかと言うと幹部メンバーの成長が目的となっているので、プロセスとして悩み抜くプロセスが必要です。どうしても経営側が入り過ぎてしまうと先に正解に近いものを提示してしまって考えるプロセスを飛ばしてしまったり、逆に全く入らないと無駄なディスカッションで時間を過ごしてしまうこともあります。個人の成長とアウトプットの成果のバランスを考慮した結果、今回は幹部メンバーによる議論(15分)→経営メンバーによるフィードバック(5分)の20分を1セットにしてそれを何回も繰り替えす形を採用しました。これらにより、経営メンバーは入り過ぎず、適切なタイミングで軌道修正を図りながら、経営メンバーがどういう考え方をして結論まで出しているのかをフィードバックを通して体感できるため、それ自体が成長に大きく繋がろうと考えたわけです。
コンテンツ最終版
上記のプロセスを踏んだ結果、完成した合宿のコンテンツが以下となります。最初の1時間は経営メンバーからの話をすることで準備運動とし、その後ワークショップ的なディスカッションをメインコンテンツとして、最後に全員でのディスカッションとしました。
これらの設計を行いまして、社長へと提案したところ以下のような反応が返ってきたのでこれにて設計は完了となりました。
コンテンツ1:社長が語る理想の会社
ここからは合宿当日の様子をまとめていきます。まずは社長から30分ほど自分の理想の会社について語っていただきました。「これゴール達成に必要なの?」と思う方もいると思いますが、二つの意味で重要でした。一つ目は合宿のスイッチを入れるということ。この人間のモードを変えるスイッッチを入れらる人というのは非常に少ないです。今回は朝からのスタートでしたし、気持ちの面でも最初に引き締めることはその後のために重要だったため、まずは社長に話してもらいました。そして二つ目は視座の高さを伝えることです。今回のゴールに到達するためには幹部メンバー全員の視座が一段階丸々上がるくらいにならないと到達しません。その意味で、社長の視座の高さを伝えることで、その空気感をまず作りたかったのです。この空間はそんな視座の高さが求められているのだと、そのレベルの壮大感のある言葉を発していいのだということを実感してもらうためにも必要でした。
実際、やはり社長の言葉というのは何か不思議な力がありましたね。言ってることも、「こりゃ僕は言えないな」という言葉が出てきて、地味に僕が一番興奮していたのですが、こういう時に社長のパワーというのは最大限発揮されるなと改めて思い知らされました。
コンテンツ2:1,000億企業の実像
打って変わって、次の30分では僕から時価総額1,000億円の企業(webサービスがメインの会社のみ)とはどんな企業なのかをわかりやすくまとめて伝えました。時価総額1,000億円というとすごく遠いように見えますが、経営者からすると現実的に狙うべきところでございます。これを本気で考えている人がどれだけいるかでその組織の到達可能性は決まると思うので、どうしても身近に考えてもらえるようにしたかったというのが本音です。全てを公開することはできませんが、一部修正及び抜粋したものを添付しておきます。
コンテンツ3:IPOを目指せる事業戦略の構築
上記が終わった後、幹部メンバーによるディスカッションを開始しました。全部で12セットを行い毎回5分ずつ経営メンバーはフィードバックをしていきます。初めての形式だったため、どうなるか心配だったのですが、結果としては非常に良い形式だったと思います。これやると、メンバーの課題感が鮮明にわかります。いつもは議論のプロセスを知らずにアウトプットだけ見て判断することが多いので、どうしてこのようなアウトプットに行き着いてしまったのか、その原因というのは分からずにアウトプットに対するフィードバックをしてしまいがちです。ただ、今回はそのプロセスを見ながら、小刻みにフィードバックができるのでお互いにストレスなく議論を進めていくことができます。そしてメンバーの修正能力もわかります。どれだけフィードバックされた内容を即座に反映できるかはスタートアップにおいては非常に重要なので、今回それらを経営メンバーそして、幹部メンバーが自覚できたことは大きな収穫でした。以下、主な経営メンバーからのフィードバックを抜粋いたしました。マネージャーをやっている方やリーダーをやっている方は参考になるのではないでしょうか。
経営からのフィードバック内容
- 何がゴールかを先に決めなさい
- 時間に対する重要性を無視しすぎ
- 議論を止めることじゃなくて前に進めることに意識を向けよう
- 議論をたくさん広げることは簡単。そうじゃなく、まず何を決めなければいけないのか一番大事なものを一つ決めろ
- できるかどうかを議論するんじゃなくて、どうやったらできるかを議論することに時間を作ろう
- 前提条件のすり合わせを終わらせて、次に行こう
- レベルが低い方に合わせちゃだめだよ
- もっと因数分解しよう
- できるだけシンプルに考えていかないと意思決定はできない。そのために上位概念の方から思考していこう
- 非合理的な意思決定は一部必ず入る。それを周りに良いねと思わせる語り手がいないと決められないこともある
- IPOの時の事業の具体的な状況はどう想定してるの?
- 実現可能性が重視されすぎててつまらない
合宿の成果と改善点
以上のコンテンツにて合宿は終了を迎えました。はい。お気付きの方がいる通り最後やる予定だったコンテンツは実施できませんでした。時間が足りず、中途半端にやるよりもコンテンツ3に対する振り返りをやった方が良いという判断になり、別の機会に譲ることとなりました。どんなに考え抜いても、思い通りにいかないのもまた合宿というものです。以下、合宿に対する成果と改善点です。
成果
正直今回設定したゴールを全て達成することはできませんでした。ただ、大きな収穫として幹部メンバーの課題が非常に鮮明になりました。そして、それを経営側が正しく認識できたと共に、メンバー自身も自覚できた非常に良い機会だったと思います。これまでプレーヤーとしてやってきたメンバーもいるため、このような大きなきっかけがなければ、ズルズルといっていた可能性もあります。それが、明確になりメンバー全員が危機感を持てたことは今後に繋がったと思います。幹部メンバーの成長なしに「30人の壁」を乗り越えることはできません。今回は幹部メンバーが強い自覚を持ち、会社を支えるチームとして横のつながりが強まり、その中で自分がどのような価値を貢献できるのか、どう成長することでよりチームとして強くなれるのかを考える良いきっかけとなりました。
改善点
当然、上手くいったことばかりではありません。まず、時間配分は非常に反省です。バッファを用意することや、それぞれのコンテンツの形式によってどれくらい予想とのズレが起きやすいかは事前に想定しておくべきでした。また、振り返ると最大の改善点はテーマをもっと計画的に選んだ方が良かったということです。今回はきっかけを起爆剤としては悪くないゴール設定であったと思いますが、合宿のテーマに、合宿終了後もメンバーはかなり引っ張られることもよくわかりました。故にその後の活動にまで影響を及ぼすことを認識した上で、より計画的に合宿のテーマ選定を行う(それこそ、プロダクトのロードマップをひくように)必要があります。幹部にとっては合宿は非常に有用な手段になるため、今後も計画的に有効活用していこうと思います。
終わりに
ということで、以上が合宿の一部始終となります。30人以下のスタートアップが合宿やりたいけど、何やろうって時に参考になると嬉しい限りでございます。そして、何よりも大事だと感じたことはこの合宿を企画した時に全ての幹部メンバーが一つ返事で「良いですね!」「やりましょう!」という反応が返ってきたことです。合宿は金曜日宿泊の土曜日開催となりました。当然休みの日を潰すわけです。スタートアップなら当たり前って思いますか?30人近くになるとそれは当たり前じゃなくなります。というか、当たり前にしてはいけなくなります。当然、様々な人が幹部メンバーになっていきますし。結婚してる人、女性、子どもを育てている人もいるかもしれません。そういう人が増えてきます。そんな中でも、誰も嫌な反応せず、自分の成長を予感して前向きに参加してくれたメンバーには感謝しかありません。そういうメンバーが集まったということ、これがスタートアップにとっては一番大事なことだと思います。ということで、感謝の気持ちとして帰りに焼肉をご馳走しました。とても美味しく、楽しい時間でした。